公正証書遺言が無効と判断されてしまった裁判例
(1) 東京地方裁判所令和2年1月28日判決(以下「東京地判令和2年判決」といいます。)
簡略化すると、東京地判令和2年判決は、平成29年2月13日、被告を遺言執行者と指定し作成された遺言作成者である亡B(原告らの父。平成30年1月19日。)にかかる公正証書遺言(以下「本件遺言」といいます。)について、Bは遺言能力を欠いていたとして、原告らが、被告に対し、本件遺言の無効の確認を求めたという事案です。
これに対して、裁判所は、大要、以下の点を指摘したうえで、遺言作成者は遺言作成時に遺言能力を欠いていたと判断し、当該公正証書遺言は無効であると判断しました。
・平成25年10月7日に実施された本件遺言作成前に実施されたBにおける改訂長谷川式簡易知能評価(以下、単に「長谷川式」といいます。)の点数が30点満点中12点であったこと(やや重度の認知症)
*長谷川式については別のコラムでご紹介します
・平成27年9月18日に実施されたBにおける長谷川式の結果が15点であったこと
・Bは、平成25年10月7日には、認知症と診断され
・本件遺言作成前、Bの主治医は、介護保険用の意見書に「日常の意思決定を行うための認知能力は見守りが必要」等の記載をしていたこと
・本件遺言内容の単純な内容でなく、「少なくとも中等度ないしやや高度のアルツハイマー型認知症であったBが、その内容を正確に理解することができるようなものだったということはできない」こと など
(2) 東京地方裁判所令和元年10月28日判決(以下「東京地判令和元年判決」といいます。)
簡略化すると、東京地判令和元判決は、遺言作成者である亡B(原告及び被告の父。平成30年4月21日死亡。)の法定相続人である原告が、Bにかかる公証人作成の公正証書遺言(以下「本件公正証書遺言」といいます。)について、Bが遺言能力を有していなかったことから無効であると主張して、被告との間で、本件遺言が無効であることの確認を求める事案です。
これに対して、裁判所は、大要、以下の点を指摘したうえで、遺言作成者は遺言作成時に遺言能力を欠いていたと判断し、当該公正証書遺言は無効であると判断しました。
・被相続人に係る傷病名記録には、「アルツハイマー型認知症」の記載があること
・認知症高齢者の日常生活自立度判定基準には、「日常生活に支障をきたすような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ、常に介護を必要とする状態」の項目チェックが付けられていること
・看護計画表等には、「認知症、着替えが上手にできない、時間がかかる、食事が上手にできない、時間がかかる、排泄が上手にできない、時間がかかる、失禁がある」との記載があること
・入院患者情報には、「認知レベル(長谷川式9点)」との記載があること
・平成30年1月29日に実施された超音波検査に係る検査報告書には、「意思疎通できず、呼吸調整できない為可視範囲です」との記載があること
・本件公正証書遺言が作成された日である平成30年2月7日に受けた長谷川式の結果は7点であったこと
・診療録にはBが見当識を失った状態になることがたびたびある旨が記載されていること
・被告は、当時既にBが認知症という診断を受けていたにもかかわらず、公証人の質問票のうち、「認知証との診断を受けていますか?」との質問に対して、「受けていない。」と回答したこと など
(3) まとめ
以上の裁判例が示すように、裁判所は、遺言作成前後における遺言作成者の認知症等の状況を重視しているといえます。そのため、実務上は遺言作成者のカルテ(診療録)等の客観的な証拠が存在するかどうかという点が重要になってきます。
なお、遺言作成者の判断能力に照らして、作成した遺言内容が単純であるのか、複雑であるのかという点も考慮されていることが伺えますが、より重要なのはやはり遺言作成者の判断能力の有無・程度ということになります。
そのため、後で遺言能力が争われないためには事前に認知テストを受けたり、認知症の有無を診療してもらい、判断能力に問題がないことを客観的証拠として残しておくことが重要といえます。以下では、その一例として「長谷川式」と呼ばれる認知テストについてご紹介します。